無責任な1回目のレビュー
新刊本を出版すると、取材先やメディア関係者に、お礼と本の紹介のお願いを兼ねて、「献本」するのが慣例だ。
今年5月30日に発刊となった、拙著「やってはいけない歯科治療」(※以下、本書)は、取材にご協力して下さった歯科関係者、新聞社、雑誌、テレビ、ウェブメディアの関係者に、版元の小学館編集部から送らせていただいた。
献本先に選んだ一人が、歯科医で実業家の田尾耕太郎氏である。彼が運営する「歯チャンネル88」は、患者の治療相談にボランティアの歯科医が無料で回答する、知る人ぞ知る、歯科専門サイト。
田尾氏は、このサイトで患者と歯科医の注目を集め、歯科医院のHP制作や管理、SEO対策などの事業を手がける。歯科ネット分野では、オピニオンリーダー的な存在でもあり、今年3月には、短時間だが、大阪市内で直接お会いした。
6月23日、田尾氏はアマゾンのカスタマーレビューと自身のFacebookに、1回目の本書レビューを投稿した。
献本お礼。
早速読ませて頂きましたが、良い点は格安インプラントの無料相談に潜入調査までされているなど、かなり力を入れて取材をされていること。また、データも極力信頼性が高いものを探そうと努力されているのが伝わってきました。
悪かった点は、書かれている内容の7割くらいは正しいのですが、3割ほどは医学的に完全に誤っているところです。これは取材協力をしている歯科医師の人選の問題が大きいのではないかと思いました。(専門的な内容に関しては一応歯科医師に取材をしているのですが、そもそもその歯科医師が間違えている。というより、そういった歯科医師をあえて選んでいるのではないか?と思われる節がある)
最大の問題は、そういった医学的に誤った情報を根拠に、日本の歯科界への問題提起を行ってしまっているところです。本書に社会的意義があるとすれば歯科界への問題提起だと思いますので、それならば医学的な情報部分についてはもっと第三者の歯科医師に意見を求めるなりして、突き詰めて頂くべきだったかと思います。(本書の意義が患者さんへの情報提供だとすれば、重要な部分での医学的誤りが致命的なのでこの本は30点です)
岩澤さんは「歯科業界に最も嫌われているジャーナリスト」を自負されていますが、僕は問題提起はどんどん行って頂きたいと思っています。
ただ、今回のように中途半端な状態ではただ歯科への不信感を煽るだけで、真に問題提起とは言えません。そこが歯科業界に嫌われている最大の理由なのではないかなぁと。
本書の内容に関して問題部分を指摘し、その根拠を提示させて頂こうかとも思ったのですが、間違いを指摘してその根拠となるデータをまとめていくという作業は、間違えた情報を元に記事を書く何倍もの労力を必要とします。
なので、きちんとお仕事として依頼を受けるという形でなければ、正しい情報を発信していくということに並々ならぬこだわりを持っている僕ですら正直気が進みません。ですが、次回作はぜひこの問題点を解消して、より良い情報発信をして頂けることを期待しています。
問題点が気になりすぎたのでそこばかり書いてしまいましたが、7割くらいは本当のことが書かれていると思いますし、口コミサイトや某予約システムなど僕も大きな問題だと感じていることに対する指摘もあります。網羅的にではなくこうしたいくつかの問題に焦点を絞って掘り下げていくという形だと、比較的簡単により質の高い問題提起が出来るのではないかと個人的には思いました。
(田尾 耕太郎氏 6月23日アマゾン・カスタマーレビューより原文まま転載)
本書は、歯科業界が隠してきたタブーを徹底的に明らかにして、患者が自分自身の治療を深く知るべき、という問題提起をしている。
そのため、歯科関係者にとっては知られたくない〝不都合な真実〟も遠慮なく書いた。これは、歯科業界と何にもしがらみがない、私のようなジャーナリストにしかできない役割だと思っている。
これまで散々歯科治療に苦労してきた患者たちが知りたいのは、歯科医の本音であり、普段は見ることができない治療現場の裏側なのだ。
当然のことながら、歯科関係者から反発が起きることは予想していたし、むしろ反応がなければ、この本を書いた意味がないとさえ考えていた。
しかし、田尾氏の1回目の投稿は、肩透かしを食らったような失望感しかなかった。
「3割は医学的に完全に間違っている」とまで言いながら、何も根拠を示していなかったからだ。そこまで批判するなら、しっかりと説明を果たすのが最低限の責任である。これでは、本書に対する信用棄損でしかない。
さらに、長い臨床経験を持ち、第一線の研究者でもある歯科医の方々に対して、「人選の問題」と揶揄するのは、社会人としての礼節を欠いた言説だ。
そして、本書では、多くの患者たちが独善的な歯科医の治療によって翻弄され、身体的、精神的、経済的に大きな被害を受けていることを、繰り返し描いた。だが、田尾氏のレビューは、患者たちについて何も言及していない。
結局、田尾氏の投稿目的は、自分のクライアントである特定の歯科医に向けたパフォーマンスなのではないか。この投稿後、田尾氏からは直接メッセージが届いたので、レビューに対する私が感じた思いは伝えた。
「老境」歯科医の真意とは
36年の臨床経験を持つ一人の歯科医が、私の事務所あてにメールをくれた。田尾氏が、1回目のレビューを投稿する、前日(6月22日)である。
お付き合いがない方だったが、本書の学問的な誤りなどについて、具体的に指摘され、何らかのかたちで訂正したほうがよいのでは、と結んであった。
これを受けて、アドバイザーの歯科医、担当編集者と協議を行った結果、学問的な誤記と、誤解を招く可能性がある記述が5箇所あると判断した。
6月27日、私の事務所HPに、読者と関係者に対するお詫びと、修正内容について掲載、連絡を下さった歯科医に報告した。
そのベテラン歯科医は、アマゾンの本書レビューに「老境」という名で投稿されて、一連の経緯を記している。
「老境」歯科医は、ご自身の名前や歯科医院を明かしていない。純粋に患者のためにどのような情報提供が必要か、という意識から行動されたのだと思う。
〝アマゾンに投下〟投票を歯科医に催促した2回目のレビュー
本書に対する田尾氏の1回目のレビューは、アマゾンの利用者にそれほど注目されなかったらしい。「役に立った」のボタンを押したのは僅かだったので、いくつかあるレビューの中に埋もれていた。
私から仕事として依頼したわけではないが、田尾氏は自身のFacebookで本書に対する2回目のレビューを〝投下〟したと宣言した。
「老境」歯科医からの連絡を受け、私が修正箇所を公表してから10日後のことである。
「やってはいけない歯科治療(小学館新書)」の レビュー&問題があると思われる記載内容部分についての指摘を、Amazonに投下しておきました。
Amazonのレビューは「参考になった」が押された数が多いものが優先的に表示されやすくなるようなので、よろしければご協力のほどよろしくお願いいたします。
(田尾 耕太郎氏 7月6日 Facebook投稿より 原文まま転載)
アマゾンのレビュー投稿を「投下」と表現したり、表示順位を上げるために投票を催促するなど、いかにもネット関連の業者らしい振る舞いだ。
田尾氏の目論見通り、投稿から2日間で100人以上が協力した結果、本書のアマゾン・カスタマーレビューのトップに田尾氏のレビューが表示された。
協力したFacebookのお友達のことを、田尾氏は「共犯者」と呼んでいる。その大半が、歯科医であり、彼が運営する無料治療相談サイト「歯チャンネル」の常連回答者の顔ぶれも交じっている。
2回目のレビューは、実に約4900文字の大作だ。この無駄に長いレビューを読んだ上で協力しているなら、お友達の歯科医たちも「共犯者」としての自覚をお持ちなのだろう。
そこで「3割ほどは医学的に完全に間違っている」と田尾氏が主張するレビューについて、項目ごとに整理番号をつけてみると、全34項目に及んでいた。
アドバイザーの歯科医と共に検証作業に入ると、すぐに牽強付会という言葉が思い浮かんだ。脈略を無視した文章の引用、不自然な解釈、引用論文やガイドラインの主旨と整合性がない、中には指摘や認識自体が「間違っている」ものさえある。
「3割は医学的に完全に間違い」というレビューの目的は、本書の信用毀損なのだろう。私としては、取材に協力して下さった方々の名誉のためにも、このような一方的な指摘を、受け入れることはできない。
検証結果を5つに分類すると、次のようになった。
【全指摘34項目】
- 詭弁というべき指摘 →16
- 見解の相違 →9
- 本書の内容に同意 → 4
- 修正済みの指摘 → 3
- 指摘自体が誤り → 2
〝お友達チェック〟の狙い
田尾氏は、7月6日に投稿した2回目のアマゾン・レビュー冒頭で、わざわざ次の前置きをしている。
「やってはいけない歯科治療」の詳細レビュー&問題があると思われる記載内容部分についての指摘です。
当コメントは事前にFacobook上で公開して、妥当な内容になっているかどうか第三者によるチェックをして頂いた上で投稿をさせて頂いています。」
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1850958431650082&id=100002078290107
(※アマゾンカスタマーレビューより誤記のまま原文抜粋、URLの記載は7/6投稿時)
田尾氏が、この前置きをしている理由は「イメージ形成」だろう。
医学論文の場合は、正確性、妥当性について、その分野で実績を上げた研究者などによる査読(評価)を行い、一定の質と信頼性を担保している。Facebookのお友達・歯科医のチェックを受けた、と前置きすることで、レビューが妥当であるかのようなイメージを読者に与えているつもりらしい。
しかし、お友達チェックは、査読とは全く別モノ。正確性や妥当性を、何ら保証するものではない。
さらに田尾氏は、2回目のレビューを投稿した際、自分が運営する「歯チャンネル」と「シカシル」というサイトなどのURLを貼っていたが、医学的な根拠を示すなら、ガイドラインや原著論文を示すのが、常識的な対応である。
歯科医の資格を持つ田尾氏が、こうした流儀を知らないはずがない。
アマゾンでは、投稿者がレビューに便乗して、自社サイトの宣伝などを行うことを禁じている。おそらくこれが理由で、アマゾンのレビューからは、6日付けの田尾氏の投稿は消された。
8日付でレビューは、再投稿されていたが、田尾氏は自社サイトのURLをカットしている。
それでは、田尾氏のレビューについて項目ごとに、反証していく。