<免疫療法>国立がん研究センター・前理事長の矜持

<暴走する免疫クリニックを厳しく批判した、国立がん研究センター・前理事長の矜持>

国立がん研究センター・前理事長の堀田知光氏
国立がん研究センター・前理事長の堀田知光氏(C)M.IWASAWA

週刊ポスト9月8日号『受けてはいけない免疫療法』において、私は免疫療法クリニックについて調査報道を行なった。

末期がん患者が騙される免疫細胞療法[週刊ポスト2017.9.8号]
がん患者がすがる「免疫療法」医師同士は競合を詐欺師扱い
免疫療法に誘導する巧妙手口 画像偽装、患者TV 出演など
大学病院でのがん免疫療法に医師の間でも議論噴出

この取材では、国立がん研究センター・前理事長の堀田知光氏が、8月の盆休み期間中にも関わらずインタビューに応じて下さり、2時間以上にわたって免疫療法ビジネスに関する問題点を指摘している。

最も印象的だったのは、自由診療のクリニックが行なっている免疫療法を〝古典的〟と評したことだ。
さらに「医師の裁量が認められていると言っても、科学的な根拠がないことまでやっていいとは誰も言っていない」という見解を示した。免疫クリニックの医師はもちろんのこと、厚労省、司法当局は、この言葉を重く受け止めて、対策に動くべきだろう。

週刊ポストの誌面には限りがあるため、堀田氏のインタビュー全文・約1万8千語のうち、一部しか紹介できなかった。
そこで、重要なコメント内容を抜粋、および一部要約をして掲載する。

◎ 2017年8月、名古屋医療センターにて収録。
がん研究振興財団理事長・堀田知光氏インタビューより

<岩澤>
血液内科の専門家として、免疫療法をどのように見ていましたか?
<堀田氏>
僕自身は、免疫療法を研究テーマにしたことはありません。
正直申し上げると、ちょっと胡散臭いかなと思っていました。
結果がいいと言っても、3人使って1人良かったのか?30人使って1人良かったのか?300人使って1人良かったのか?(前提条件で)意味が全然違いますよね。
症例報告で「凄かった」と言うけれど、他の人にやって再現できるか、はっきりしない。それに免疫療法を受けた患者さんが、どんどん進行して、どうにもならなかったような情報をオープンにしていない。
「効いた、効いた」という話だけになっている。それを聞いたら、不安な状況にある患者は飛びつきますよね。そこが僕の疑問点でした。
治療データを全て表に出すことを、すべてのクリニックに義務付けるべきです。

<岩澤>
標準療法で使える抗がん剤がなくなった患者、副作用に苦しむ患者の中には、免疫療法に期待する人も少なからずいますが、どのように考えるべきでしょうか?
<堀田氏>
本来、免疫というのは、人間が存在していくのに根源的なシステムです。自己と他を分けるという意味で、他は排除する、自己は受け入れる。
この仕組みが、がんでも初期の段階では、十分効いているはずですが、〝免疫の網〟をかい潜って、がんになってしまう。いったん、かい潜ってしまった、がんに対して、一般的な意味で免疫を励ましても、効くとは思えない、僕は。
免疫チェックポイント阻害剤が出てきて、〝免疫というのは捨てたもんじゃない〟と思い直しましたが、今の〝古典的〟な意味での免疫療法には、そんなに大きな期待をしていません。

古典的な免疫療法には期待していないと断言した堀田氏
古典的な免疫療法には期待していないと断言した堀田氏。(C)M.IWASAWA

<岩澤>
現在、大学で正式な手順を経た治験でやっている免疫療法、自由診療クリニックが勝手にやっている免疫療法、そして両者が連携している免疫療法と、様々な形態があり、患者にとっては何が正しいのか、判断がつかない状態です。
<堀田氏>
僕はそこを一番心配しています。
予後不良のがんとか、あるいは再発とか、難治になって末期的な状況になった時に、患者が藁をも掴む気持ちで、有効性と安全性が科学的に検証されていない免疫療法を受けている。
これを商売にするのは、話が違うと思う。確立した医療ではない限り、民間で高額な費用で免疫療法を行うのは、やはり疑問です。
大学等でやっている治験の免疫療法は、大半が患者さんの費用負担はなしで、やっているのが普通ですから。(※筆者注:先進医療Bに指定されたものは、実費負担)
我々医療者は、もっときちんと患者に伝えなきゃいけないと思っています。

<岩澤>
「がん治療のブレイクスルーは、免疫にある」と堀田先生はご発言されていたこともありましたが、その真意とは?
<堀田氏>
元々、国立がん研究センターは、免疫療法に対してとてもネガティブでした。ゲノムとか、発がん物質とか、(科学的に)クリアなものしか認めないと。
検診でも、死亡率減少効果がないと認めませんよという堅い組織。
ですけど、私は海外の状況とか見て、免疫療法というのはオプジーボに限らず、場合によっては〝第4のがん治療〟になる可能性は持っている。その可能性を、国がんが(研究を)やらないという立場はない。
巷のよくわからない免疫療法について、研究を全くやらないで批判しているだけではダメです。いいにしろ、悪いにしろ、きちんと評価すべきじゃないか。だから免疫療法の研究を進めようと。それ自体は間違っていないと思います。

<岩澤>
従来の免疫療法と、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤が、混同されているようにも感じます。ある意味、意図的なのかもしれませんが─
<堀田氏>
従来からある古典的免疫療法と、オプジーボのような免疫チェックポイント阻害剤は、〝似て非なるもの〟です。
古典的免疫療法は、がんに対して、免疫を活性化して攻撃をする。
免疫チェックポイント阻害剤(オプジーボなど)は、がんが免疫細胞に対してかけているブレーキを解除して、がん細胞を攻撃するという話ですので、作用機序の発想が全く違います。
免疫チェックポイント阻害剤は、免疫療法というより〝分子標的療法〟の方が、分類としては正しいでしょう。
現在、免疫チェックポイント阻害剤には、オプジーボのPD—1や、PDL—1という流れと、CTLA—4というものの流れが2種類ありますけど、免疫チェックポイント阻害剤は、これ以外にも沢山出てくる可能性は十分あります。

<岩澤>
免疫療法クリニックの中には、オプジーボ、ヤーボイといった〝免疫チェックポイント阻害剤を少量だけ、古典的免疫療法と組み合わせて使う〟独自の治療を行うところも出ています。有効性はどうでしょうか?
<堀田氏>
個人輸入した、オプジーボ等を〝薄めて〟使っているクリニックもありますが、ほとんど意味はありません。
「効く」というのは本当に根拠があるか、という話ですよね。抗腫瘍剤というのは、薬効が最大に発揮できる用量というのは決まっています。
オプジーボの有効性が、世界的にも認められているのは、定められた用量、用法で認められているのです。これを半分の用量にしたら、半分効くんじゃなくて、〝ゼロ〟という可能性が高いんです。
こういう誤った使い方は、取り締まりの対象だと思いますよ、本来は。
いくら医師法に基づいて医師の裁量が認められていると言っても、科学的な根拠がないことまでやっていい、とは誰も言っていません。

「医師の裁量が認められていると言っても、科学的な根拠がないことまでやっていいとは誰も言っていない」という見解を示した
「医師の裁量が認められていると言っても、科学的な根拠がないことまでやっていいとは誰も言っていない」という見解を示した(C)M.IWASAWA

<岩澤>
民間の免疫クリニックは、再生医療法に基づいて倫理委員会を作って施設基準をクリアしています。この法律は治療の安全性を担保するものであって、治療の有効性は全く審査していません。それなのに、「国から認可受けた治療をやっている」と患者を誤解させる宣伝に利用しています。
<堀田氏>
それは深刻な問題ですね。国立がん研究センターのがん治療の一端を担っている立場の人間が、しっかりしたメッセージ、ステートメントをきちんと出さないといけないと思います。
一般的な治験は患者に費用負担を求めませんが、唯一〝先進医療〟に指定されたものは、保険と自費の混合診療を認めています。(自由診療部分のみ、患者が実費負担)
ただし、先進医療という名前が問題です。安全性、有効性について、本当にこれが保険診療として一般化していいのか、評価するのが〝先進医療〟ですので、〝実験治療〟あるいは〝評価療養〟とすべきでしょう。
しかし、〝先進医療〟と名前がつくと、いかにも最先端の治療をやっているっていうふうに一般の人は誤解します。これはネーミング悪いと思います。

<岩澤>
有効性が証明されていない免疫療法が、自由診療クリニックの判断で広く実施されているのはとても奇異に見えますが?
<堀田氏>
例えば、〝骨髄移植〟は、まさにプラクティスから先行して、科学的根拠もないうちに医療として広まったけれど、それには理由がありました。
病気が進むと、予後は見えているので、助けるにはもうこの治療しかないと。これはアカデミアが中心にやって、民間クリニックは一切タッチしてなかったし、患者さんに費用負担も求めなかった。
そして、比較試験も何もないのに、骨髄移植が定着しました。
こういう流れならば、いいんです。儲けるためじゃなくて、なぜ患者負担を求めるのか、議論をしっかりやるべきだと思いますね。

<岩澤>
再生医療法が定めている倫理委員会も、調べてみると実際は関係者で構成されているケースが多かったです。
<堀田氏>
それは大問題です。日本には倫理委員会って称するものが何千とあるし、それもなんちゃって委員会が多い。
プロジェクトを通すだけのために委員会を作って、そのあとは解散という話も聞きますからね。維持するだけでもお金はかかるわけですから。
いわゆるクリニックでやっている免疫療法は、臨床試験という形をとっていないので、倫理委員会の機能が働かない世界になっているわけです。
やはり自由診療でも、医療行為については全部報告の対象にするとしないと、とてもじゃないけど、漏れが出ますね。ただし、免疫療法だけじゃなくて、様々な自由診療が行われているので、どのように管理していくのか、課題です。

<岩澤>
国立がん研究センターのがん情報サービスでは、免疫療法に関する情報を出していますが、患者にとっては非常に分かりづらい内容です。
<堀田氏>
あれも微妙で、踏み込めないところがあるんでしょうかね。
国がんのがん情報サービスは、臨床腫瘍学会の免疫療法ガイドラインに沿って書いてあるんですが、もし免疫療法を受けるのであれば、こういうことに注意してください、というだけで、受けちゃいけないとは書いてない。

<岩澤>
がんが治らないという現実に直面した患者は、免疫療法ではなく、何に救いを求めるべきですか?
<堀田氏>
患者が生きている自覚、価値、悩みについて、〝医療者の寄り添い〟があっていいんじゃないかなと思います。そこまで含めて、医療の役割。そこまで想いを至らせ、一緒に苦しまないと、がん治療の専門家じゃないと思う。
患者が、免疫療法と違うもの、例えば宗教かもしれないし、あるいは哲学的な問題かもしれない。そういった個人個人に尊厳がきちんと保たれるような形で、最終的な生を全うすることが大事だと、僕は思っています。
人間、何かで死ななきゃいけない。僕は、がんで死ぬのはそんなに悪くないと昔から学生に言っている。
なぜかというと、自分の死期を自覚できるからです。身の回りのこと、伝えたいこと、何かまとめておきたいこと等をやる時間ができる。がん末期になって、自分のことができなくなるのは、せいぜい最後の1ヶ月間です。

-END-