2021年のご挨拶にかえて

夜明けの灯台

「どうせなら、強い敵を倒しましょう。
 そうじゃなければ、この問題はいつまでも変わらない」

 担当編集者の言葉を聞いて、熱いものがこみ上げてきた。
 報道に携わる人間たちがトラブルを避けて、安全飛行を決め込むようになって久しい。こんな時代でも、本来の記者魂をもった人が存在している。それなら、こちらも覚悟を決めて闘うだけだ。 

 強い敵とは、莫大な治療費をとりながら、効きもしない「がん免疫療法」を行う、自由診療のクリニックのことを指す。たとえ事実を報道しても、名誉毀損で訴えてくるなど、面倒な事態が予想されるので、各メディアは正面から闘おうとはしない。がん患者から詳しく実態を聞くと、がんの自由診療は、まるで無法地帯だった。それを知った以上、私には伝える責任がある。

 「がん免疫療法」は、がん患者の血液中にある免疫細胞を活性化、もしくは増殖させて体内に戻す治療法である。長年にわたって、主要な大学病院で臨床試験が行われていたが、有効性は証明できなかった。

 この歴史を知らない、がん患者を相手に、自由診療クリニックは数百万円から数千万円の高額な費用をとって「がん免疫療法」を行っている。私は、2017年の「週刊ポスト」で最初の報道を行ったが、なかなか続報が打てずにいた。

有効性が証明されていない「がん免疫療法」を、患者が希望するのは、いかにも「画期的な効く治療」と錯覚させる、巧みな宣伝がされているからだ。余命が限られた患者から、効く根拠のない治療で大金をとる。それは医療モラルに反する行為だと、多くの人は思うだろう。だが、現在の法律では禁止されていない。
 医療者の中には、「自由診療のがん免疫療法は、最後の希望として必要」という意見もある。しかし、現実は違う。がん患者の遺族や友人たちは、「クリニックに騙された」「当初、聞いていた話とは違う」など、やり場のない怒りを抱いていた。

 この「がん免疫療法」について取材を重ねて、2020年に「週刊東洋経済」と「文藝春秋」で特集枠を組んでいただいた。その報道記事は、ウェブでも公開されて大きな反響を呼び、派手な広告で知られている美容医療グループの免疫クリニックは閉鎖した。
 ノーベル賞を受けた京都大学・本庶佑特別教授は、インタビューに対して、次のように厳しい論調のコメントをしている。

「有効性の確信がないのに、その治療法を行うのは、倫理的に問題がありますし、良心的な医師がやるものではありません」(文藝春秋2020年3月号より)

「長きにわたって効くと証明できないものは、効かないと証明されたのと一緒でしょう。それで治療するのは、極論すると詐欺に近い」(週刊東洋経済2020年8.31号より)

 同年5月、詐欺的ながん医療について注意喚起した「やってはいけない がん治療(世界文化社刊)」を上梓。これらを起点に、自由診療の「がん免疫療法」の追及を深めていく計画を立てていた。
 そこに立ち塞がったのが、新型コロナ。感染源として注目されたクルーズ船が停泊する横浜の港は、私の事務所からも近い。いったん、報道は中断せざるを得なかった。

 悪いことは続くもので、著書の発売日が、緊急事態宣言で書店が休業した時期に重なって、売れ行きは芳しくなかった。
 一方、報道記事で取り上げた4つの相手から、刑事告訴や、損害賠償請求の通告が相次いだ。直接の対応は、掲載媒体の法務担当者と法律顧問(弁護士)に委ねている。
 ただし、私自身の報道記事に瑕疵はないと考えているし、その根拠もある。
 正当な言論活動を阻止する目的の裁判・いわゆるスラップ訴訟には、徹底的に闘うつもりで、反訴の用意も整えた。
 こうした社会モラルに反した行為に加担する弁護士も、少なからず存在する。

 去年6月、東京で一人のがん患者が路上に倒れた。
 享年43。がんのステージ4と診断され、その日は自由診療クリニックで、免疫療法の治療初日だった。
 彼は、大手シンクタンクの主任研究員を務めながら、環境NGOなどの社会貢献活動に従事していた。そして、ある有名なNPO組織の会計処理に疑問を抱き、綿密な調査で得た情報をSNSで発信していく。週刊新潮がこのNPO組織について報道した際、彼は自身の調査に基づいてコメントした。
 この記事に対して、NPO組織は彼の勤務先に抗議した上、週刊新潮ではなく、彼個人を名誉毀損で訴えるという暴挙にでた。彼の友人だったジャーナリストの樫原弘志さん(日本経済新聞・元記者)は、この裁判の対応がなければ、もっと早く体調異変に気づき、がん治療にも準備怠りなく対応できたのではないかと述べている。

 路上に倒れた彼が目にしたのは、ビルに囲まれた四角い空だったのか、それとも鉛色のアスファルトだったのか。
 いずれにしても、その時に、クリニックの医師に騙されたことを悟ったはずだ。こんなはずではなかったと。
 彼と同じ悲劇を繰り返さないためにも、「がん免疫療法」の真相について取材を続ける考えだ。

 そして、昨年は千葉県内で行われた、胃がん検診のバリウム検査で、女性が死亡した。消化器の一部にバリウムが付着して孔があいたことが、直接の死因とみられる。同様の事故は毎年発生しているが、検査前にリスクを説明する検診団体は少ないようだ。
 妻を亡くした男性は、再発防止を目的として、国と検診団体を相手に裁判を起こしている。
 また、ほとんど注目されないまま、法改正されたのが「種子法」である。
 これによって、日本の農業は大きく変化する可能性があるので、今年はその状況を詳しくレポートしたい。

 こうした調査報道とは別に、新規事業として立ち上げた撮影業務では、多くの方々との出会いがあった。ファインダー越しに、自然な笑顔と目の輝きを見つめていると、私たちが守るべきものが何であるのか、教えてくれているような気がする。
 元気で生きていることは、決して当たり前ではない。友人、家族、我が身に、いつ異変が起きても不思議ではない、新型コロナの時代。
 スティーブ・ジョブスが好んで話していたという「今日が最後の日と思って生きる」。その意味が少しだけ分かるような気がする。

 しばらく休止していたSNSも、再開することにしました。
 まだ当分は、気軽に直接お会いすることは難しい状況ですが、皆さん、どうかご無事で。そして、今年もよろしくお願いします。

2021年1月
岩澤倫彦