「近藤誠」のトリック

メディア関係者で、今も近藤誠氏を信用している人が少なくない。
知名度が高い彼を起用することで、一定の販売部数を確保できる、という神話もある。
だが、いい加減に古臭い考えは捨てた方がいい。近藤誠氏の曲解に満ちた主張を広めることは、彼の共犯者になるのと同義だ。

近藤誠
プレジデント2020.10.30号「要らない健康診断」(C)M.IWASAWA

発売中のプレジデント巻頭企画は、「緊急告発!信じてはいけない健康診断」。近藤誠氏と和田秀樹氏の対談形式で構成されている。
近藤氏の特徴は「論文を都合よく解釈」して、自分の主張に利用する手法にある。論文を使うと、信憑性が増すからだろう。
しかし、彼の解釈は、原著論文が導き出した結論とは違っているケースが見受けられるのだ。

それは「曲解」であり、トリックだと私は考えている。
そこで原著論文を辿って、近藤氏の主張を検証してみたい。
今回の記事で、近藤氏はフィンランドの研究を取り上げているので、以下に引用する。

〝フィンランドで生活習慣病の治療の効果を調べた比較試験では、生活指導やクスリを飲ませるなど、医者による「医療介入」を行なったグループのほうが、何もせずそのまま「放置」したグループより、15年間の総死亡数が46%も多いことがわかりました。
「元気で健康だと思っている人を検査して生活習慣病を見つけだし、クスリを飲ませる」のは逆効果で、「総死亡数が増える」という結論になったのです。〟

PRESIDENT 2020.10.30  P18より引用

近藤氏の主張は、90年代に公表されたフィンランドの論文を基にしている(以下に原著論文サマリーのURL)。
研究対象は「1919年から1934年に生まれた、3490人の男性経営幹部」。
第二次世界大戦前に生まれた、経済的に豊かな中高年男性という、特殊なサンプルである。

上記のうち、心臓病の高リスクがあるが、その時点では健康とされた、1222人が抽出され、ランダム化比較試験が行われた。
1974年から1980年の5年間、禁酒・禁煙指導や、投薬治療(脂質低下療法と降圧剤)などの「医療介入が行われた介入群:612人」と、「医療介入をしない対照群:610人」が無作為に振り分けられた。
近藤氏は記事中で触れていないが、この研究は「40年前の医療水準」で実施されている点に注意していただきたい。

この他のグループは、「心臓病の低リスク群:593人」、「除外群:563人」(既に心臓病の症状がある人)、「協力拒否群:867人」、「研究開始時までに死亡した群:68人」。
死亡率の追跡調査は、1989年末まで実施された。

91年公表の論文は、次のように記されている。
(分かりやすくするため、強調化、簡略化をした。疑問を抱いた方は原著論文を確認していただきたい)

「結果」
・心臓病リスクは、対照群と比較して「介入群は46%減少」
・試験から5年間経過すると、リスク因子と投薬治療によるグループ間の違いは、ほぼ無くなった
・1974年〜1989年で、死亡者総数は「介入群:67人」「対照群:46人」
・心臓病よる死亡者数「介入群:34人」「対照群:14人」
・心血管疾患(CVD)による死亡者数「介入群:2人」「対照群:4人」
・がんよる死亡者数「介入群:13人」「対照群:21人」
・多重ロジスティック回帰分析では、15年間で介入群が対照群よりも心臓病による死亡率が高かった要因は判明できなかった。

「結論」
・予期外の結果は、予防的な医療介入を否定することはできないが、心臓病の一次予防に使用された、治療手段や薬の相互作用に関しては、研究の必要性がある
(ここまで)

この研究をめぐって、世界中が紛糾した。一見すると、心臓病の予防的な生活指導や投薬治療が、かえってマイナスに作用するように思えるからだ。これは「フィンランド症候群」と呼ばれて、マスコミがこぞって取り上げた。
禁煙するほうがストレスとなって心臓病で死ぬリスクが高い、という滑稽な主張する医師まで現れる始末だ。

いずれにしても、〝「元気で健康だと思っている人を検査して生活習慣病を見つけだし、クスリを飲ませる」のは逆効果〟という近藤氏の見解は、オリジナルの論文には一切見当たらない。
論文の結論は、治療法の再検討が必要というものだ。使用した医薬品の副作用や適切性、偶然性など、様々な要因が論文の公表時から指摘されていた。

近藤氏とセカンドオピニオンであった際、私はフィンランドの研究論文について、70年代から80年にかけての医療水準であることを指摘したところ、こんな答えが返ってきた。

「古いんじゃないかという話?
古いという理由で否定しちゃうと、今の医療は全部崩壊する。それを基礎にしてやっているわけだから。
今の医療の悪いところはね、古い論文でもいい加減な比較試験でもね、医療を実行するのに有利だと、それを取り込んで、システムを築いているわけだ。
問題は古い、新しいではなくて、いかにそれはきちんとされているかということ。人間の体の性質というのは、1950年代だろうが現代だろうが変わらないからね。きちんと比較しているわけだからね。
その当時、意味がないとか有害な方法だったら、今でも同じなんだよ」

私は近藤氏の回答に同意できない。医療テクノロジーの進化によって、かつて定説とされたことが、現在では否定されるものが多数存在するからだ。

そもそも、研究論文は多くの患者が協力して、医療者の地道な労力によって完成されるものである。その貴重な成果を勝手に曲解し、ちゃっかり独自理論の主張に利用する行為は、厳に慎むべきだろう。
近藤氏の場合、がん治療薬「オプジーボ」の研究論文においても勝手な解釈を加えて、「夢の新薬・オプジーボは無効だった」という主張を展開している。

発売中のプレジデントに関しては、血圧の正常値に関する記事などは、参考にすべきものもあるし、近藤氏の「がん放置療法」に触れていないことに、少しだけ安堵もした。
「近藤神話」を信じる人は、オリジナルの論文を確認するなど、ファクトチェックをすることで、彼の本質が理解できるのではないか。

拙著にも書いたが、私には近藤氏とハーメルンの笛吹き男が、どうしても重なってみえる。その笛の音に惑わされてしまうと、二度と引き返せない道を進むことになるかもしれない。

フィンランドで行われた研究論文のサマリー
JAMA. 1991 Sep 4;266(9):1225-9.Long-term mortality after 5-year multifactorial primary prevention of cardiovascular diseases in middle-aged men
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1870247/

Br Heart J. 1995 Oct;74(4):449-54. doi: 10.1136/hrt.74.4.449.Mortality in participants and non-participants of a multifactorial prevention study of cardiovascular diseases: a 28 year follow up of the Helsinki Businessmen Study
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7488463/