福島と二人の医師

チェルノブイリ原発事故では、5年経過してから甲状腺がんや白血病などの健康被害が増加した。 失われた命も数多くある。
これを基準にして、東京電力・福島第一原発事故の直後から数年間に起きた様々な健康被害は、放射線被曝との因果関係を否定されてきた。 (旧ソ連が情報を隠蔽したので、チェルノブィリ原発事故では、もっと早期から影響が出ていた可能性もあった)  

記者会見では、地元紙やテレビの記者たちが集まった
記者会見では、地元紙やテレビの記者たちが集まった(C)M.IWASAWA

原発事故から5年が経過した、2016年。
福島の親たちは、我が子の身を案じ、不安と恐怖を抱いて過ごしてきた。
子供自身も、同じ思いを感じていたはずだ。
だから、12月27日の福島県「県民健康調査」検討委員会での報告と、それに対する評価は、極めて重要な意味を持っていた。
しかし、同委員会に切実な思いに応えるような姿勢は、微塵も感じられなかった。

この日、前年のエコー検査では判別できなかった甲状腺がんが、わずか1年間のうちに増大して発見されたケースがあると報告された。
一方、甲状腺がんの検診受診率は、低下傾向が著しい。
同委員会の存在意義にかけても、受診すべき意義を訴えて、危機感を示すべきだが、そのような発言も方向性もなかった。
同委員会座長の星北斗氏は、旧厚生省の医系技官(医師免許をもつ官僚)だった。  

星氏は個人の意見としながらも、放射線による健康の影響について、新たな第三者委員会の設立が望ましいと、なぜか唐突に発言した。
理由は、同委員会が放射線の被曝の影響はないと言っても、県民に信用されないからだという。
福島県の広報担当者はシラを切っていたが、これは事前に福島県側と打ち合わせした上での発言だろう。

姑息な策を弄する必要に迫られたのは、清水一雄氏という、医師としての矜持を持つ人物の存在がある。

星北斗座長と清水一雄医師
日本医科大学・名誉教授の清水一雄医師(右)と星北斗座長(C)M.IWASAWA

日本医科大学・名誉教授で、外科医の清水氏は、一貫して子供たちの健康を最優先に考え、放射線被曝によるリスクを冷静に見極めてきた。
この日、清水氏は私のインタビューに対して「現時点で、原発事故と甲状腺がんの因果関係については、結論をだす段階ではない。時期尚早」と明言している。 これに対して福島県は、甲状腺のエコー検査を縮小させることに腐心するばかり。見掛け倒しの「復興」のためだ。
星氏の発言は、清水一雄医師を排除したい福島県の意向を受けているのは明白である。

記者会見では、地元紙やテレビの記者たちが、こんな茶番劇も理解できずに、意味のない質問を延々と繰り返していた。
だが、あの日から、過酷な時間を生きている福島の子供たちには、きっと見極める目があるはずだ。
対照的な二人の医師の発言が、何を意味しているのか。
そして、命の尊厳を脅かす行為を絶対に許さないだろう。