「医療のネット広告規制」に魂はあるか

審査件数1位の「歯科」、刑事罰の適用はゼロ

「ステージ4で完治を目指す」「余命1ヶ月からの生還」‥‥
巧みなセールストークで、がん患者の心理を翻弄し、科学的に有効性が証明されていない「免疫細胞療法」で、高額な治療費をとる。あるいは、いま話題の免疫チェックポイント阻害剤を、規定の量よりも大幅に少なく投与する。もし、強い副作用が出ても対応しない──

こうした詐欺的ながん医療を行う、自由診療のクリニックが数多く存在する。
共通しているのは、インターネットで誘い込む手口。

免疫細胞療法で「がんの影が消えた」とするCT画像をホームページに載せ、無料の説明会に参加させる。そこで、プレゼンテーションに長けた医師が、患者や家族の心をがっちり捉えて、高額な免疫細胞療法に導く。
倫理的に許されない詐欺的な行為が、公然と行われているのは、規制する法律がなかったからだ。

この状況を変える、と期待されているのが、今年6月に施行された「改正医療法」である。
これまで法規制の対象外だった、医療機関のホームページなどのインターネットについて、「虚偽」「誇大」な広告を禁止。最高で懲役6ヶ月の罰則規定が盛り込まれた。
さらに、厚労省は監視機関として「医療機関ネットパトロール」を設置して、違反した広告を出している医療機関について、市民からの通報や、独自に審査を行う事業をスタートさせている。(※1)
「なんでもあり」の無法地帯だったインターネットに、ようやく厳しい規制が入る、と期待がされていたが…。

医療情報の提供内容等のあり方検討会
厚生労働省「医療情報の提供内容等のあり方検討会」(C)M.IWASAWA

20日、厚労省は「医療情報の提供内容等のあり方検討会」で、改正医療法の施行後の状況を明らかにした。
今年4月から9月末までに、「医療機関ネットパトロール」の審査対象となったのは、総計「1137件」。突出して多いのが、歯科関係の「599件」だった。
改正医療法では、「審美歯科」、「○○インプラントセンター」などの標記を禁じているが(※2)、改善していないクリニックが多い。また、治療の効果を示す症例画像をホームページに掲載するのは「原則禁止」となったが、守られていない。
次いで多いのが美容関係「238件」、そして癌関係「123件」となっている。
審査対象「1137件」のうち、「292件」が「違反の疑いあり」と判定されたが、同時に審査ができていない数は「444件」にのぼっていた。人員などの体制が追いついていないのだ。

ネットパトロール審査対象の内訳。H30年4月以降では歯科関係が突出して多い。(C)MICHIHIKO IWASAWA
審査対象は1137件だが、未だ審査されていない数は444件。(C)MICHIHIKO IWASAWA

実は、「医療機関ネットパトロール」の実質業務を行うのは、厚労省の職員ではない。
日本消費者協会に、年間4千万円で外部委託しているのだ。「ネットパトロール」に電話をしたことがあるが、対応したスタッフは医療の専門職でもなく、今ひとつ話が通じない感が否めなかった。
20日の検討会では、有識者の山口育子委員が、審査を行う評価委員会の人員体制等について質問したところ、「抑止力のために公表を控えている」として厚労省の担当者は回答しなかった。
審査体制を公表しないことが、なぜ抑止力になるのだろうか。全く腑に落ちない弁明であり、責任回避の言い訳にしか聞こえない。
また、改善が必要となる医療機関「541件」に対して、自治体から「通知」が行われたが、実際に改善されたのは「284件」に過ぎない。
しかも「5件」は何も対応せず、行政指導を無視していた。
こうした医療機関には、自治体が立ち入り聴取や刑事告発をするペナルティが可能になったはずだが、告発に至ったケースは1例も確認できていないという。
このような弱腰の姿勢では、「正直者がバカをみる」ことになりかねない。

山口育子さん
委員を務める山口育子さん(ささえあい医療人権センターCOML理事長)
(C)M.IWASAWA

改正医療法が躓いている原因の一つに、「医療情報の提供内容等のあり方検討会」での議論の迷走が影響している。
例えば、医療機関のホームページに症例画像を掲載することは、厚労省の原案では「原則禁止」だった。
大半の医療機関は、成功例の画像のみを掲載するので「自分も同様に成功する」と、患者が誤解してしまう可能性があるからだ。
それに、がん免疫細胞療法を行う自由診療のクリニックは、「がんが消えた」とされる症例画像を使って、「効果的な治療法」というイメージを患者に与えている。
その症例画像を専門医と共に検証してみると、画像の加工処理や、CTの撮影部分をずらすなど、姑息なトリックを使っていた。
しかし、「検討会」の一部委員が強硬に異議を唱えて、症例画像の掲載に「限定解除」という裏技が使えることになった。
副作用や治療費などを付記すれば「限定解除」が適用されて、これまで通り症例画像を掲載可能になったのである。
つまり、改正医療法は限定解除という抜け道を作り、「骨抜き」にされた。
なぜ、「患者を守る」という理念が揺らいでしまったのか、「検討会」の問題点をいずれ示したいと考えている。

この改正医療法に関連して、厚労省は医療広告のガイドラインを公表している。しかし、抽象的な内容が多く、医療機関からは「何が違反なのか、線引きが不明確」という不満の声が上がっていた。
20日の検討会で委員からは、「違反ケースについて、厚労省は自治体と情報を共有すべき」と指摘が出たが、厚労省の回答は国会の答弁のように曖昧模糊としていた。
このような対応を見る限りでは、「患者を守る」という意気込みは厚労省に感じられない。

一方、歯科業界では、口コミと連動した予約サイトが問題となっている。
同予約サイトの口コミは、実質的に患者を集める「広告」として機能しているが、これはクリニックから費用をとって掲載する「やらせ」、もしくは「捏造」の疑いがあるのだ。
拙著「やってはいけない歯科治療」の取材で判明したが、口コミの書き込みが、同一日に集中しているケースが散見、予約サイトが「口コミの書き込みをするアルバイト募集をかけていた事例もあった。
同予約サイトは、クリニックの電話番号とは異なる専用回線の電話番号を掲載して、患者からの電話本数に対して手数料をクリニックに請求していた。これは、保険診療で禁じられている「患者紹介」に該当する可能性がある。

日本歯科医師会は同予約サイトについて、会員向けに注意喚起を行っているが、一般患者への告知には消極的だ。
このケースも、改正医療法が「広告としての口コミ禁止」とすることによって対処できると考えられていたが、やはり一部委員の反対によって「口コミ」の規制は大きく緩められた。

そこで今回、厚労省は新たに「医療広告協議会」を来年度に設置して、口コミサイト等に対応する方針を示した。
ただし当然のことながら、改正医療法と同様に業界関係者からの巻き返しも予想される。
「仏作って魂入れず」とならないだろうか。

詐欺的ながん医療や、やらせの口コミは、患者から正しい治療を受ける機会を奪い、貴重な命の時間を縮めることにつながる。
「患者を守る」という原点を忘れずに、広告違反をしている医療機関に対して、厚労省や自治体は毅然とした姿勢で臨んでほしい。

 


(※1)医療機関ネットパトロールは、2017年8月に設置された。

(※2)一般的なクリニックが、勝手に地域名をつけて、「○○インプラントセンター」と標榜しているケースは違反。ただし、実際に歯科医師の教育を行っている医療機関などは、標榜可能と解釈されている。

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