「抜歯ドミノ」を防ぐために知るべきこと

 「どのように治療が進んでいくのか、詳しい説明がありませんでした。いつ治療が終わるのかも分からない。だから費用の総額も見通しが立たないまま、治療を受けていたのです」

 以前、このような体験をした編集者が、提案してくれた企画がある。週刊ポスト6/28号に掲載された、抜歯後の各治療をフローチャートにまとめた特集だ。

週刊ポスト6/28号 「歯が抜けた 費用と期間どれだけかかるか」(C)M.IWASAWA
週刊ポスト6/28号 「歯が抜けた 費用と期間どれだけかかるか」(C)M.IWASAWA

 基本的な3つの選択肢「ブリッジ」「入れ歯」「インプラント」に、「歯牙移植」を加えて、各治療の特徴と流れ、費用、期間、注意点などを、チャートで比較した。
多くの読者から歯科治療に関するトラブルのご相談が寄せられてきた中で、特に目立つのが、最初の抜歯を起点にして次々と隣接する歯を失っていく、「抜歯ドミノ」を起こしていたケース。

 理由として「抜歯後の治療が不適切」、「根本的な原因を解決していない」という2つの可能性が考えられる。その治療を選択した経緯を聞くと、担当の歯科医の勧められるままだったり、特に明確な根拠もなく決めていた。あの編集者と同様に、抜歯後の治療について、詳しい説明も理解もなく、大切な選択をしていたのである。

 「ブリッジ」「入れ歯」「インプラント」「歯牙移植」には、各々にメリットとデメリットが同居している。詳しくはチャート図をご覧いただきたい。

久保至誠氏(長崎大学歯学部准教授)(C)M.IWASAWA
久保至誠氏(長崎大学歯学部准教授)(C)M.IWASAWA

 チャートに入れられなかった選択肢もある。
解説をお願いした長崎大学歯学部・久保至誠准教授は、両隣の歯が健全な状態の場合、ファーストチョイスは「何もしない」
例えば、一番奥の大臼歯(7番)なら、そのままで、食事に影響はほとんどないという。「抜歯した部分に両隣の歯が倒れ込んでくるので、何らかの治療をすべき」、という考え方が主流だが、長期間の追跡調査の結果「倒れ込み」はそれほど起きていなかったという研究もある。

「一般的なブリッジ」と「接着ブリッジ」 最大の違いは、隣接する歯の削る量にある (C)M.IWASAWA
「一般的なブリッジ」と「接着ブリッジ」 最大の違いは、隣接する歯の削る量にある
(C)M.IWASAWA

「ブリッジ」

 抜歯後の治療として最も多く選ばれている。保険適用なので費用が比較的安く、自分の歯のように強く噛める、取り外しの必要がない、というメリットは大きい。すでに、両隣の歯が何らかの治療を受けている時は、有力な選択肢となる。
ただし、両隣の歯を40%から75%も削り、場合によっては抜髄(神経を抜く)して、クラウン(王冠状)を被せる。歯を大きく削り、神経を抜くことは、「抜歯リスク」を高めてしまうので、無視できないデメリットだ。
保険のブリッジでは、いわゆる銀歯(金銀パラジウム合金)を使用するが、見栄えの問題から、自費の高額なセラミック製ブリッジを希望する患者もいる。ただし、強度の確保のため、金属製ブリッジよりも両隣の歯を大きく削る場合がある。

 最近、保険適用された「接着ブリッジ」は、両隣の歯をエナメル質のみ削る。厚さ1〜2ミリ程度なので、両隣の歯に与えるダメージは少ない。だが、強度面でやや劣ること、両隣の歯がすでに銀歯が被せられていると、保険適用されない。
歯を薄く削る技術、設計、接着に高い技術が必要なので、「接着ブリッジ」は、症例と歯科医を選ぶ治療法だと言える。
実は週刊ポストの締め切り直前に、「接着ブリッジ」を直接見ることができた。一般的なブリッジと比較すると、両隣の歯を削る量は明らかに違う。
ブリッジを製作するには、まず型取り(歯科用語で印象と呼ぶ)をしてから、鋳造の技術を使って歯科技工士が緻密に仕上げていく。完成した状態は、一種の芸術性すら感じるほど美しい。

「接着ブリッジ」を製作するための模型 赤いライン部分が、歯のエナメル質を削った部分 (C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」を製作するための模型 赤いライン部分が、歯のエナメル質を削った部分 (C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」(C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」(C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」をセットした状態(C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」をセットした状態(C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」を外側から見た状態。白い部分は人工歯(C)M.IWASAWA
「接着ブリッジ」を外側から見た状態。白い部分は人工歯(C)M.IWASAWA

 接着ブリッジの構造は、金属を使用するが、ポンテックと呼ばれる人工歯の部分は、白い素材が使用される。
また、金属を使用しない「コンポジットレジン・ブリッジ」という治療法は、隣接の歯をほとんど削らず、抜歯した歯をレジンで再現してしまう。これは自費診療のみで、1歯あたり10万円〜30万円と高額だ。

「入れ歯」

 両隣の歯を削らずに済むのが、最大のメリット。保険適用になるので費用も安い。ただし、噛む力は健全歯の6割程度なので、食生活には注意が必要になる。また、取り外して洗浄する手間がある。

保険の部分入れ歯(3歯欠損)(C)M.IWASAWA
保険の部分入れ歯(3歯欠損)(C)M.IWASAWA

 また、緩い「部分入れ歯」は、バネをかける両隣の歯を常に揺らす。これを放置すると、顎の骨と歯の間にある「歯根膜」に深刻なダメージを与えて、抜歯リスクを高めてしまう。
入れ歯製作の講師として知られる、村岡秀明氏(むらおか歯科・千葉県市川)は、「調整」の必要性を強調した。

村岡秀明氏(むらおか歯科医院・千葉県市川市)(C)M.IWASAWA
村岡秀明氏(むらおか歯科医院・千葉県市川市)(C)M.IWASAWA

 「名人と言われる歯科医でも、ぴったりした入れ歯は、調整を繰り返します。製作した当初に、痛い、噛めないと感じても、諦めずに歯科医に相談して下さい」

 そして村岡氏は、入れ歯の完成がゴールではないと患者に伝えているという。
「抜歯の主な原因は、虫歯と歯周病ですが、この原因を解決しないまま、入れ歯をつけると「抜歯ドミノ」が起きてしまいます。入れ歯が完成したら、抜歯原因の治療を開始するという意識をもってほしいですね」

「インプラント」

 国民生活センターが今年行った調査で、満足度1位が、インプラントだった。患者の8割以上が満足していると答えた、最大の理由は「よく噛める」こと。外見からは、自分の歯と区別がつかないことも大きい。
ただし、費用は25万~70万円とダントツに高く、治療期間も半年以上と長い。手術後の「痛み」「痺れ」などの後遺症や、「動揺」「脱落」などのトラブルもある。

小宮山彌太郎氏(ブローネマルク・オッセオインテグレイションセンター院長)(C)M.IWASAWA
小宮山彌太郎氏(ブローネマルク・オッセオインテグレイションセンター院長)
(C)M.IWASAWA

 インプラント治療の先駆者として多くの歯科医を指導してきた、小宮山彌太郎氏(ブローネマルク・オッセオインテグレイションセンター院長)は、こう指摘する。
手術を決める前に、まずセカンドオピニオンやサードオピニオンを受けて、慎重に検討して下さい。インプラントは一刻を争う治療ではない。手術を急かすようなことがあれば、罠と思うべきです」

 〝インプラント手術後、すぐに人工歯を装着可能〟とアピールするクリニックが増えているが、これを実現したのが、表面加工を施したインプラント(人工歯根)。従来の製品よりも、早く顎の骨と結合するようになったのだが、このタイプは感染を起こしてインプラント周囲炎になるリスクが以前の製品よりも高いという。最悪の場合、インプラントは撤去となるので、短い治療期間が本当にメリットなのか考える必要がある。

 「まず口腔内の状態を改善してから、手術を行なうことも重要です。日常の歯磨きを改善し、歯周病の最大リスクである喫煙を止めるなど、患者ご自身も努力していただく必要があります」(小宮山氏)

 インプラントを長く使用するには、定期的なメンテナンスが絶対に欠かせない。口腔内の清掃だけでなく、トラブルを早期に発見できる場合もあるからだ。国民生活センターによると、インプラント手術後、4割弱が定期的なメンテナンスを受けていなかった。

「歯牙移植」

 抜歯した部分に、患者自身の主に8番(親知らず)を抜いて移植する。1950年代から実施されており、保険も適用される。
自分の口腔内に、移植に適した親知らず等のドナー歯がないと実現できない治療法なので、誰でも選択できるわけではない。
「歯の移植外来」を設置している、新潟大学医歯学総合病院の生着率は、90%以上。抜歯後の選択肢として、有力な候補だ。歯牙移植の生着率に影響するのが、歯根の表面を覆っている「歯根膜」という組織。また、移植後、歯の神経は抜髄する必要がある。

第4の選択肢「歯牙移植」(C)M.IWASAWA
第4の選択肢「歯牙移植」(C)M.IWASAWA

 現代医療は「インフォームド・コンセント」から、「インフォームド・チョイス」に移行している。前者は治療方針に対する患者の「同意」、もしくは「承諾」を意味しており、受動的なニュアンスが濃い。
「インフォームド・チョイス」は、複数の治療を理解した上で患者が「選択」するので、能動的であり、患者の意思を尊重した考え方と言える。注意したいのが、患者が「選択」するには基礎知識を得る努力が必要になるし、「選択」した責任も負うことになるのだ。

 歯科の保険診療の場合、歯科医が詳しい説明をする時間の確保が難しい。治療費(診療報酬)が全般に低く、多くの患者を診ないと、経営が成り立たないからだ。
大半の歯科医院は予約制にしており、1人の診療枠は30分前後。同時進行で、複数の患者を診ていくスタイルをとる歯科医院も多い。
複雑な要素が絡む抜歯後の治療をしっかり説明するためには、まとまった時間が必要なはずだ。
それに、歯科治療の分野も専門性が高まり、得意とする治療分野が歯科医によって異なる。例えば、「接着ブリッジ」の治療経験のない歯科医に対して、この治療法を尋ねても肯定的な反応は期待できない。場合によっては、歯科医が得意な治療法に流される可能性もあるので、患者は様々な選択肢を知っておくほうがいいと私は思う。

 余談だが、週刊ポストで歯科特集を組むと、「なぜ何度も通わせるのか?」、という謎のフレーズが必ず付いてくる。
タイトルや見出しは、編集部の専権事項だと聞かされていたのだが、私としては歯科医院に「何度も通う」のは、当たり前のことだと思っていたから違和感を拭えなかった。
しかし、冒頭で触れたように、編集者は先の見通しを全く示されないまま、治療を受けた苦い経験があったことを知り、それなら「なぜ何度も通わせるのか?」という疑念を抱いてしまうのは仕方がないと思い直した。

 歯科医としても多忙な診療中に、時間を割けない事情がある。
それなら、事前に今回のようなチャートなどを独自に制作して、患者に理解を深めてもらうという方法もあると思う。
実際に、待合室にモニターを設置して、治療の解説映像を流している歯科医院もあるが、そうした何気ない心遣いに診療姿勢が現れる。
なお、今回の記事で示した、治療の流れ、費用、期間は、あくまで一例であり、患者の症状等によって、異なってくることをお断りしたい。